土づくりに凝縮される里山の知恵

大きな見出しですが、土づくりを深めていくと

里山の暮らしそのものが凝縮されているというか…繋がりが見える気がしてます。


その一つの作業が”茅”を使った土づくりです。


今年も、冬(11月から3月)の間に上分地区の各所から「茅」を調達します。

江田集落(4畝)→殿宮(5畝)→金泉(約1反)の予定です。


一般的に「茅」で連想されるのは「茅葺き屋根」だと思いますが、

実は田畑に鋤きこむと高い栄養素のもと土づくりに重要な資材となります。

※茅は「ケイ素(炭素)」を含む草で、ケイ素には植物の茎や葉を頑強にし、害虫の侵入を抑える効果もあるとされます。


「どんな肥料よりも野菜が育つけんな!」

茶畑や野菜づくりを始める時に、町内のお母さんから教えてもらいました。


4年前より、少しずつ調達量を増やしていき、去年あたりから変化が生じてきました。

茶畑に茅を鋤き込んでから、葉カビ等の症状が出にくくなり、色艶もよくなった気がします。


一方で、茅の調達はとても大変です。

刈って、結って、持ち運ぶだけでも1日作業…それが一人となると、更に非効率的。


田畑に鋤き込んでからも土づくりには3年ほど時間を要するため忍耐も必要となってきます。

化成肥料のように早く効くことを願うなら、長く続かない農法かもしれません。


しかし、茅をはじめ地域の資源を有効かつ持続的に活用し土を育むことに可能性を感じています。(唐突過ぎましたね。)


最近、茅や竹炭など地域の資源を暮らしの一部として捉え、農の在り方を学び続けていると
”農業の役割”とはなんなのかと考えることが多くなってきました。


”仕組みを知ること”


今僕が一番大切にしていることが”仕組み(本質)”を考える(知る)ことです。


目の前に現れる物事に対して、安易に価値判断を持ち込み判断しないことにしてます。


起こっている事象や情報はそのほとんどが”結果”であり、僕らが目を向けるのは結果に結びつく”経過”や”原因”だと考えます。しかも、その過程にかける時間や労力が圧倒的に不足しているのに、どうしても”結果”に視点がいってしまうことに疑問を感じまた。


例えば、農作物を生産し売る。

・神山町ってそもそもどんな生産体系で今が育まれたのか?

・地域の資源って何がある?どんな苦労がある?そして変化が生じる?

・地質は?

・どんな作物が他地域より美味しく生産できるの?

※ちなみに余談です。

とある文献(神山町のすだち農家を研究した)によると、90年代前半の農家割合を示したグラフでは…

●専業農家(すだち・しいたけ・櫁等)・・・1割強

●兼業農家(すだち・お米・櫁等)  ・・・3割

●自給的農家(収入100万円以下) ・・・5割

●残りは本当に自給している生産者さんだった気がします。

 

本意はちゃんと調べなきゃいけないので、参考程度に情報を入れていますが

町内の半数は「自給的農家」が占めているというのが面白い発見でした。

裏を返せば、町内の風景や農地を守る半分はこの「自給的農家」さんが居てこそ

とも受け止められる情報です。


一つの結果を、人間視点で考えるか、自然の視点で見つめれるかも大切です。

このアプローチはとても重要な気がします。


生業(人間視点)として考えていくと、

結局は資源を”消費”していくことにつながりかねない気さえ感じてしまう。


 片や、自然視点で見れば土の微生物を活性させるために資材を調達し田畑の環境を整える。

だけども、生産性に乏しく生業には結びつきにくい。


農業の在り方として、農作物を販売することに留まらず
”農”の持つ力というか、潜在的な意味合いを学び続ける価値を対価に変えていけたら…


そんな淡い願いをもちながらまだまだ勉強不足の身、色々な意見を聞いてみたいし

現場をみて学べる機会もつくりたい。


でも、その先はそれらを”真似る”のではなく町の歴史風土から、
この場所らしい農業の価値を考えていくきっかけを見出したいと思っているからです。


未来を担う世代、農薬や化成肥料に頼らず”農”を営んできた世代。


そして、その中間にいる世代。


多くが混じり合う可能性があるのは今しかないと思えば

とても良いタイミングで農に携われていると思います。


農業とは…”人類の生活に必要な作物を生産する”

稼ぐという視点から、もう少し暮らしに舵を切り

一人一人が土と身近な社会をどれだけ築けるか。


これが、とても大きなポイントだと思います。


食べることを含めた農の本質的な意味を

実践を通じてみんなで考えていきたいです。


まとまりがない文章ですいません。

エタノホ

徳島県神山町にある江田という小さな集落。 私たちはこの地で1組の夫婦と出会い、田んぼをはじめとした“農”や、美しい棚田の風景を織りなす“くらし”を学び続けています。 「人のくらしが織りなす風景を、これからも受け継いでいきたい」 農を通じた人や地域との交流、そこから得るくらしの知恵や技術。「くらしを耕す」とは、その学びを通じて、“これから”を丁寧に育んでいくという想いを込めています。

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